ALS患者の自殺幇助の事件を受けて、尊厳死・安楽死が話題になっている。
はてなホッテントリ(はてなブックマーク)とかを見てると、反対派が圧倒的に多く、曰く「優生思想の助長になる」、「生きる権利を考えるべき」なのだそうだ。
わしは尊厳死・安楽死の導入に賛成なのだけど、本当につくづく思うのは、反対派の人達は死にたい人間の気持ちが全然分かってない、ということだ。
生まれてから一度も本気で死にたいと思ったことがないのだろう。
人間も本能があるから、普通の人は死にたいだなんて考えない。
死にたい人間は、何らかの精神疾患か、難治性の病気、特に身体に痛みを抱える病気や不随がある病気、なんらかの薬物中毒者などであろう。
彼ら彼女らは死にたいのだ。
生きる権利だとか、全く余計なお世話なのである。
しかし、現在は尊厳死・安楽死が認められていないから、耐えられない苦痛を抱えながら生きていくか、自死するしかない。
苦痛を抱えて生きることは文字通り苦痛だ。
自死はハードルが高い上に、意外と失敗率が高く、失敗すると何らかの後遺症を残してしまうことも多い、
実際年間3万人の人が自殺をしているが、これだけ死にたい人間がいるという事実を前に、まったく尊厳死・安楽死を議論の俎上にも乗せないというのは放漫だ。
生きれる健常者の障害者に対する傲慢だ。
薬で楽に、確実に、眠るように死なせて欲しい。
そういうことなのだ。理解して欲しい。
安楽死・尊厳死が認められると、社会が弱者切り捨てにかかるからダメだという。
現在は弱者を放置しているだけではないか?
そうならないためにガイドラインを作成するのではないか?
そのための議論をしよう、という提案なのではないか?
例えば精神障害で安楽死を求めている場合、申請から2年の経過期間を持つ。
その間、疾患が寛解して、死にたくなくなればそれで良い。もちろん良い。
それでも死にたいのなら、安楽死を提供すれば良いではないか?
さもあらずんば、彼・彼女は自殺をしてしまうかもしれない。
そのリスクは極めて高いのだ。
延命治療を中止して、ターミナルケアで死に向かわせるのは合法だという。
それと尊厳死を与えることと、何が違うというのだ?
本当に思う、ほぼ一緒だよ。
まずは議論を始めて欲しい。
今回の日本維新の党の意見表明には賛成する。